1960年代歌謡曲/ポップ

(承前)

さて、1950〜60年代は、欧米で大きな音楽の変化が起こった時期でしたが、日本でもこの時期から1990年代まで日本のチャートの大部分を占めた日本独自のポピュラー音楽が誕生しています。つまり、歌謡曲ですね。

この時代の日本の歌謡曲の特徴として、

  • テレビの歌番組が主な舞台
  • 楽曲は専門の職業作家が制作
  • ストリングスやホーンを含むビッグバンドによる演奏

といったものがあります。

「日本の歌謡曲は、ほぼ洋楽のパクリ」といった意見もあったりしますが、私は、

  • 日本の歌謡曲は洋楽を模倣しつつも、演奏の形態が洋楽で主流となったロック/ポップバンド形式ではなく、管弦楽を加えたビッグバンドのアレンジであった点に特徴があり、
  • 単なる模倣ではなく、ビッグバンド用にアレンジする際に、メロディー、リズム、コード進行などに手を加えた「変奏曲」になっていたというのが実態で、
  • この手法を長年行ったことで、洋楽のエッセンスを日本のポピュラーミュージックに取り入れることができるようになった

と主張したいです。

というわけで、実際にこの「変奏曲」アプローチがどのように行われていたかを60年代歌謡曲の名曲をサンプルに見てみましょう。紹介する曲の似ている点ではなく、違って聴こえる点(つまり、独創部分)に注目して、何より1960年代和洋名曲集として楽しんでいただけると幸いです。

  1. ザ・ピーナッツ - 恋のフーガ (1967)

    youtu.be  作詞:なかにし礼、作曲:すぎやまこういち、編曲:宮川泰

    ドラクエの音楽担当でお馴染みのすぎやまこういち作曲。ザ・ピーナッツは結成当初、主に洋楽のカバーを行なっており、ベートーベン作曲「エリーゼのために」を原曲とした「情熱の花」をカバーしてヒットさせている。「恋のフーガ」と「情熱の花」には似たフレーズがかなりあり、変奏曲アプローチの非常にわかりやすいサンプルなのではないかと思う。

     

  2. 由紀さおり - 夜明けのスキャット (1969)

    youtu.be

      作詞:山上路夫、作曲:いずみたく、編曲:渋谷毅

    作曲のいずみたくは、「手のひらに太陽を」などの童謡から、「世界は二人のために」などのヒット歌謡曲、CMソング、学校歌などまで幅広く手がけているが、この曲は「夜明けのスキャット - Wikipedia」にも書かれているように「盗作」を公に指摘されている。確かに「サウンド・オブ・サイレンス」を参照しているのは間違い無いと思うが、「Cumana」の「タララン」が似てるというのなら「サウンド・オブ・サイレンス」もこのパクリということになってしまうだろう。

     

  3. ベッツィ&クリス - 白い色は恋人の色 (1969)

    youtu.be  作詞:北山修 、作曲: 加藤和彦 、編曲: 若月明人

    後にロックバンド=サディスティック・ミカ・バンドを結成する加藤和彦ザ・フォーク・クルセイダーズ時代に作曲した曲。1960年代は、サイモン&ガーファンクルを筆頭にフォークソングから何曲も世界的ヒットが出ている。当時の典型的なフォークソングはこんな感じ。

    しかし、メロディの展開はむしろドゥワップのこちらに似ている気がする。既存のメロディに別のアレンジを加えることによる独創のサンプルとしたい。

     

  4. いしだあゆみ - ブルー・ライト・ヨコハマ (1969)

    youtu.be  作詞:橋本淳、作曲:筒美京平、編曲:筒美京平

    日本歌謡曲史上最大のヒットメーカー(総売上枚数約7,600万枚)筒美京平の初期作品。「ブルー・ライト・ヨコハマ」は60年代の作品では最も売れた曲だが、最も有名な曲は「サザエさん」ではなかろうか。ヒット曲を量産できたせいか、筒美京平は「パクリ」疑惑をかなり持たれている作曲家でもある。しかし、もしそうならアメリカの60〜70年代の大ヒットメーカー Holland–Dozier–Holland(いわゆるモータウン・サウンド)もパクっているはず。という観点から作品リストを見直してみると、どうもこの曲が怪しい。しかし、曲の前半のメロディだけなら確かにありそうなのだが、全体が似ている曲は見当たらなかった。確証は全くないが、複数の曲からの組み合わせならあるかもしれないので、なんとなくパーツが似てそうな曲を並べてみた。

     

  5. 奥村チヨ - 恋泥棒 (1969)

    www.youtube.com  作詞:なかにし礼、作曲:鈴木邦彦、編曲:鈴木邦彦

    鈴木邦彦は主に1960〜70年代にヒット曲を多く出した作曲家だが、一番有名なのはアニメ「あしたのジョー」の主題歌かもしれない。洋楽を聴くようになって改めて聴いてみると、サビの「あなたのことを〜」という部分は当時の洋楽にありがちなものだと気づいた。例えば次の曲に似ている。

    更に、次の曲の序盤もかなり似てるので参照したのかと思ったら、実際には「恋泥棒」の方がわずかに先にリリースされていたりする。たぶん参照元が同じで、日本の歌謡曲だけが「変奏曲」アプローチをしているわけではないのだろう。

     

  6. 加山雄三 - お嫁においで (1966)

    youtu.be  作詞:岩谷時子、作曲:弾厚作加山雄三本人)

    ウクレレ→ハワイアンなイメージの名曲だが、聴き直してみると意外とこの超有名曲に展開が似ている気がした。

    アレンジの方は「お休み」つながりでこちらを参考にしているかもしれない。アレンジ、使用楽器を変えることにより、印象がかなり変わる(独創が追加される)例なのではないだろうか。

     

  7. ザ・タイガース - 花の首飾り (1968)  

    youtu.be

     作詞:菅原房子(補作:なかにし礼)、作曲:すぎやまこういち、編曲:すぎやまこういち

    グループ・サウンズを代表する名曲。グループ・サウンズは欧米のロックバンドに強い影響を受けているので、バンド形態でも演奏できるはずなのだが、GSの有名曲のオリジナルを聴いてみると管弦楽器(主にストリング)が追加されたアレンジのものが多い(テンプターズ - エメラルドの伝説- YouTubeスパイダーズ - 夕陽が泣いている - YouTubeなど)。この曲もそうなのだが、これは「ビートルズのYesterdayみたいなバラード」という「発注」を受けて作られた曲ではないかと思った(「Yesterday」のオリジナルもストリングスが使われている)。パクリというより、注文に忠実に作られた職人芸の作品という印象である。

    ビートルズのバラードならこっちの方が似てない?」と思った人もいるだろうが、実はこれは明確に「花の首飾り」の方が先なのである(「花の首飾り」は 1968年3月リリース、「Hey Jude」は1968年11月リリース)

     

  8. 美空ひばり - 真赤な太陽 (1967)

    youtu.be  作詞:吉岡治、作曲:原信夫、編曲:井上忠夫井上大輔

    作曲の原信夫は70年代のテレビの歌番組を見ていた人なら御存知「原信夫とシャープス・アンド・フラッツ」のバンドリーダーで、ジャズ畑の人である。「真赤な太陽」は当時大人気だったGS風の曲として話題になったので、これはほぼ間違いなく「発注品」である。ということはGSの元となった欧米ポップス、とりわけイギリスのポップ/ロックバンドの曲を参照したに違いない、という読みで当時のヒット曲を聞き返してみると、次の曲がメロディ的には似ていると感じた(アレンジは全く違い、「真赤な太陽」の方はイントロからしてジャズ風味である)。

    あまり関係ないが、洋楽を聴き始めた頃、「There's a Kind of Hush」と次の曲をよく間違えていた。間違えるほど似てないと思うんだけど、なんでだろう。

     

  9. 美空ひばり - むらさきの夜明け (1968)

    youtu.be 作詞:吉岡治、作曲:原信夫、編曲:森岡賢一郎

    美空ひばりのGS風歌謡曲第2弾。なので、これもきっと何か元ネタがあるに違いない、と思っていろいろ聴いてみたのだが、あまりしっくりくるものがなかった。ロック/ポップスではなく、ジャズ/R&B方面を参照しているのかもしれない。しかし、「真赤な太陽」より「むらさきの夜明け」の方がかなり好きなので、無理やり紹介する。洋楽の方は候補に考えていたちょっとダークな曲調のものから。

     

  10. 坂本九 - 上を向いて歩こう (1961) ※コンピレーションビデオ

    youtu.be  作詞:永六輔、作曲:中村八大、作曲:中村八大

    最後に世界で最も有名な和製ポップスを。作曲の中村八大は坂本九作品以外に「こんにちは赤ちゃん」「笑点」のテーマ曲などを手がけている。1961年の作品なので、この曲のインスピレーション元を探ろうと思ったら50年代の作品を調べないといけないのだが、さすがにポール・アンカニール・セダカぐらいしか知りません。

    エバーグリーンなハッピーソングたちですが、似てると思いましたか? それでは「上を向いて歩こう」より、かなり後に作られたこの曲はどうでしょう?

まあ、こういうのは似ていると思うと何でも似たように聞こえてしまうもので、吉田秋生カリフォルニア物語』を愛する姉は、その影響でこの曲を偏愛していたのですが、

この1年後に作られた有名曲を「マネ」だと言って譲りませんでした。たぶん普通の意見ではないです。(イントロと、California Dreamin' の間奏部分(Bus Stop ではコーラスになる)が変奏曲パターンっぽいですかね)

さて、ここまで「日本の歌謡曲は欧米の曲のパクリというより、変奏曲のアプローチであり、ここには独創が存在する」という主張を主にしてきたわけですが、最後に「変奏曲」の実例を紹介しておきます。

※ 100 Greatest Artists – Rolling Stone と 500 Greatest Songs of All Time – Rolling Stone の情報を追加しておきます。